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なにを真剣にやっているのかといいますと、題して、プチ卒論シミュレーション。
 
ゼミでは4年生で卒業論文を書くのですが、
 
ここでは、仮にこのテーマで卒論を書くとしたら、
 
みなさんなら、なにを調べて、どのように展開しますか?
 
というシミュレーション形式のワークショップです。
 
 
 
テーマはざっとこんな感じ。
 
1.食の安全  2.コミュニケーション断絶  3.男女機会均等
 
4.ブラック企業  5.少子化  6.外国語教育
 
7.移民  8.所得格差   9.防災
 
10.自然破壊   11.SNS濫用
 
 
 
どれも一見なんとかなりそうに見えるけど、
 
いざやってみると、一筋縄ではいかない問題だったりします。
 
5番の少子化は、7番の移民や、8番の所得格差とも関連していますし。
 
 
 
このうち一つが各自に振り当てられ、自分で考えたり、
 
スマホで調べたりしながら、1時間半後に発表という、
 
なかなかハードな展開です。だからこんなに真剣なんです。
 
 
 
夕食をはさみ、さらに新たなワークショップ。
 
今度は、嗅覚&味覚のトレーニングです。
 
 
 
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ゼミ長からのブドウ品種や試飲方法の説明を傾聴していますね。
 
ワインに使われているブドウの品種や、産地を推理してみよう、
 
というブラインド・テイスティングです。
 
 
 
3年生ですので、すでに皆さん20歳を過ぎてはいるのですが、
 
ほとんどのゼミ生は、ワインを飲み比べるのは始めてだったようです。
 
 
 
それでも、中には高い的中率を誇った人もいたので、
 
将来のソムリエ(ソムリエール)候補になりそうです。
 
 
 
ワインを飲む頻度と味の好みに相関性はあるのか?
 
という真面目なデータ収集の一環でもあります。
 
 
 
 
 
ところで、ワインだけではなく、大人の食べ物や飲物って、
 
最初から「あー美味しい!!」と思うことって少なくありませんか?
 
むしろ「えーなにこれ?」という違和感が先立つ。
 
でも、少し自分の好みを抑えて、我慢して味わったりしていると、
 
それをやがて美味しいと感じるようになったりする。
 
違和感が共感へと変っていく、そんな感じ。
 
どうやら、これって味の話だけではないようです。
 
感動するにも、下準備が要るってことかな。
 
みなさんにはそんな経験ありませんか?
 
 
 
2018年9月8日から一泊二日で、コープ・イン・京都でゼミ合宿をしてきました。
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
枚方蔦屋(TSUTAYA)書店でのワークショップ「短歌したい!」にゼミ生とともに参加しました。
今回の記事は、私の記憶とメモに加えて、ゼミ生による取材にももとづいています。
 
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事前に短歌を提出し、それを添削してもらうという形式のワークショップです。
短歌で大切なことはなにか? まずはこんな説明がありました。
 
文法:不自然さを避け、よみやすい歌を作る。
創造性:言いたいことをそのまま書かない。
強弱:「ここぞ」というところでは、インパクトのある表現で勝負。
 
では、実際の添削の模様を見てみましょう。
作者名はふせてあります。また、改行等はあらかじめ改めました。
 
(添削前) 見上げれば夜空一面花開く短命なはな寂しさ残る
 
「見上げれば」によって視線を上方に誘導しつつ、
「花火」という語彙を用いずに花火のことを表していることや、また、華やかな印象の上の句と、
寂寥の情感を宿す下の句にコントラスト(対比)があることが良い、というお話しでした。
一方で「短命」は漢語なので、これを和語にひらいて、さらに「寂しさ」という抽象的な言葉を避けつつ、
 
(添削後)  見上げれば夜空一面花開くどんなはなより短い命
 
とするとより良い歌になるというアドバイスでした。
なるほど、たしかに実感。
 
他の歌も添削前と添削後を並べてみましょう。
それぞれに表現の質と強度が向上していることが感じられますか?
 
(添削前)  夕涼み縁側となり君の場所風鈴の声届きはしない
(添削後)  夕涼み縁側となり君の場所風鈴の声とどまるばかり
(添削理由) 「届きはしない」の助詞「は」が強過ぎる。
 
(添削前)  日曜日ひとごみ紛れ見上げると父より高く夜に咲く花
(添削後)  日曜日ひとごみの中見上げると父より高く夜に咲く花
(添削理由) 「ひとごみ紛れ」がやや紋切り型なので、ニュートラルな表現に改める。
 
(添削前)  今年こそ痩せる痩せると言いつつも気が付けばまたほらリバウンド
(添削後)  今年こそ痩せる痩せると言いつつも気が付けばイチゴ味のマカロン
(添削理由) 「リバウンド」という抽象を具体物「イチゴ味のマカロン」に。
                          マカロンの形もダイエットの挫折を暗示する。
 
(添削前)  思い出す夜空に消える光の輪パッと輝くあの横顔と
(添削後)  八月の夜空に消える光の輪パッと輝くあの横顔と
(添削理由) 「思い出す」が冗長。「思い出したこと」を歌にするのが短歌だから。
 
ワークショップを通じて気の付いたことがあります。
こうした短歌での表現では、惰性や慣用表現に身を任せて、
無反省に言葉を置きにいくのは良くないということです。
フォーマットがあった方が、まあ、それで楽は楽だけど、それだけでは読み手の心は動かない。
つまりは本当の意味で伝わったことにはならないんじゃないかな。
時には精神を集中して「なんとなく」の誘惑に抗うことが大切なんだね。
こうしたことは他の言語表現一般にも言えそうです。
最後に、今回のワークショップでお世話になった歌人、鈴木晴香さんの短歌を一首。
 
   非常時に押し続ければ外部との会話ができます(おやすみ、外部)
                      鈴木晴香『夜にあやまってくれ』
 
途中まではエレベーターの注意書きかと思っていたら、結句「(おやすみ、外部)」でがらっ
と雰囲気が変る。
擬人化した外の世界「外部」に向かって優しく「おやすみ」なんて、なにかが狂っている。
なんとも不思議な「非常時」だ。外界が寝静まった後に、箱の中の私はどうするんだろう? 
内部の私or私の内部との会話が始まるのでしょうか。
 
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2018年7月8日(日)、枚方蔦屋書店にて。
 
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
6月30日(土)に講演をしました。
 
タイトルは「ワインはなぜわかりにくいのか?――グローバリゼーションと産地主義――」です。
 
講演会受講者78名、テイスティング参加者46名、ご来場下さったみなさま、ありがとうございました。
 
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当日の内容です。会場はC31教室。
 
第1部:世界と日本とワイン
第2部:フランスワインのプレザンス(存在感)
第3部:ワインにとっての理想郷とは?
第4部:新たな敵:資本主義グローバリゼーションの到来
――安ものワインの脅威
第5部:グローバリゼーションのさらなる試練
――フランス醸ワインついに敗れる?!
結論 :ワインはやはりわかりにくかった
 
 
フランスのワイン、とりわけ、ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュのワインは、なぜ価格があれほど高いのか? 
 
というテーマをフランスの歴史を振り返りながら考察しました。
 
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鈴木ゼミ生2名による資料や台詞の朗読です。
 
講演後の質疑応答では、「スーパーに売っている無添加ワインはどうなのか?」や
「フランスワインの今後の可能性はどうなるのか?」など、多岐に渡る内容の質問がありました。
 
そして、会場を移してテイスティングのコーナーです。
 
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銘柄を隠して、産地やぶどう品種を当てるブラインド・テイスティングです!!
 
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職員の後藤さんによる試飲方法の説明も堂に入っていて、みなさん真剣に取り組んで下さいました。
 
 
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こちらが正解のワイン。
 
フランスの他にも、ニュージーランド、オーストラリア、カリフォルニア州などワインの名産地が続きます。
 
6種のワインを開けて、さらに全員分のカップの注ぐのですから、なかなかの大変な作業です。
 
私が講演でお話しをしている間に皆さんが準備をしてくれました。
 
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さらに、近隣で飲食店を経営する方や、ゼミ生にも助けてもらい、
テイスティングも無事終えることができました。
 
来場者からスタッフへの嬉しいねぎらいの拍手も頂きました。
 
他にも、地域活性化支援センターの柏原先生、研究支援課の職員の方々など、
多くのご支援があって実現した講演会&試飲会です。
 
みなさまありがとうございました。
これからも折りをみて実施してゆきたいと思っています。
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
シャンパーニュ地方オーヴィレール修道院内の碑、そこに眠るのは、かのドン・ペリニョン修道士。
 
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ヴェネディクト派修道士のドン・ペリニョンDom Pérignonは1668年にここオーヴィレール修道院の出納(すいとう)係に任命されました。
ドン・ペリニョンの生涯はフランス王ルイ14世(1638-1715)とほぼ重なり、当時はフランスがヨーロッパ大陸で権勢を誇っていた時代です。
 
ワインはキリスト教の儀式にとって欠かせないものであると同時に、当時の教会にとっては収入を得るための貴重な商品でした。
したがって修道士たちは並々ならぬ熱意をもってブドウを栽培し、ワインを醸造しました。
 
さて、シャンパンの発明者とされるドン・ペリニョン。
彼がシャンパンの発明に大きく貢献したことは確かなのですが、一方で、やや神格化されたことで事実とは異なる話も多いようです。
そうした中でも信憑性の高いエピソードは、彼が造ろうとしていたのが、なんと「泡の出ないワイン」だったということです。
シャンパーニュ地方は冷涼な気候の地域であり、秋にアルコール発酵を終えることのできなかったワインが、春になって再び瓶の中で発酵することがありました。
こうなってしまうとワインの質も安定せず、また、瓶内で発生した炭酸ガスの圧力で瓶が割れたりと危険です。
そうしたことがないよう、ドン・ペリニョンはさまざまな工夫を凝らしたそうです。
彼がシャンパンの質の向上に貢献したことは確かです。
ところが、彼の意に反して、当時の英国やフランスのサロンでは、発泡酒のシュワシュワとはじける泡の感じが大評判になったというのです。
 
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修道院は最寄りのエペルネ駅から車で10分ほどですが、この日は訪れる人も少なくひっそりとしていました。
 
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「修道士の小道」、市販の絵はがきにもこのアングルのものがありました。
 
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丘からはブドウ畑が見下ろせます。
黒ブドウが色づいています。
 
その世に名を轟かすドンペリことドン・ペリニョン。
こうした背景に思いを馳せると少しイメージも違ってきませんか。
以上、鈴木でした。
 
*ドン・ペリニョンについては、ヒュー・ジョンソン『ワイン物語』小林章夫訳、2008年、平凡社、中巻第21章「最初の完全主義者――シャンパーニュの誕生」(pp.125-147)を主に参照しています。
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
ルーブル美術館やオルセー美術館など、パリには世界に名だたる美術館があるのですが、今回訪れたのは、そした巨匠とはまるで正反対のこじんまりとした博物館。
こちら何の博物館かと言うと、言語や言語学を扱った博物館で、名称をムンドリングアMundolinguaといいます。
 
この博物館、もちろん学術的な意義はあるのでしょうが、まあそれはそれとして、むしろ今回印象に残ったのは、随所に見られるシュールな要素や、巨匠には絶対ない「ゆるい」展示物です。
まさに博物館界のゆるキャラといった感じです。
 
 
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一昔前の散らかったオフィス?
いえいえ、これもれっきとした展示物です。
なんでも言語を記録する媒体の変遷の歴史なんだとか。
埃にもまみれて、時代感がリアルです。
 
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ホラーハウス?
どうやら発音のメカニズムの説明のようです。
展示に洋服用のハンガーを多用してます。
 
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いったいこれはなんでしょう?
魔除け?
よくよく見ていくと「言語は芸術artでもあり、情報infoでもある」という意義のあるご指摘。
それにしてもキューブ状のモビルはいったい何を意味しているでしょうか?
ここにもハンガーです。
 
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モノがあふれかえります。
どこ&なにを見たらよいのでしょう。
ここの通路を通ると、かなりの頻度で手すりに腰をぶつけます。
 
入場料もたった7ユーロ。
パリにお越しの際は訪れてみてはいかがでしょう。
以上、まもなく帰国の鈴木がお送りいたしました。
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
アルザス地方ストラスブールを訪れました。
 
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伝統的な舞踏の披露。女性のリボンは、年齢や、未婚か既婚等といった女性のステイタスによってそれぞれ異なるタイプがあるそうです。
 
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お土産アルザスちゃん
 
ここストラスブールはドイツとの国境の都市で、町の風景もドイツに近い印象があります。
 
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何気なくシャッターを切っても、こんな写真が撮れます。
ストラスブールには世界遺産に登録された地区もあり、美しい町並みがいたる所に見られます。
 
すぐお隣がドイツですから、ドイツからの観光客も多く、フランス語とドイツ語の二言語が併記されている
掲示が多く見られます。
 
アルザス地方は、ドイツとの国境にあることから、両国間の戦争等によってドイツ領であった時期もありました。
そうした経緯のため、アルザスの人々には独自の帰属意識があるようです。
 
さて、アルザスはワインの銘醸地(めいじょうち)でもあります。
フランスでもとりわけ降水量が少なく、ブドウ栽培に適した土地なのです。
 
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丘の上から見下ろしたブドウ畑と古い町並み。奥に見えるのがヴォージュ山脈。
 
訪問したワイナリーのひとつAnna et André Durrmannでは、土壌による違いを確認しつつ試飲です。
また今回も本気です(笑)
 
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土壌を形成する石。これらによってワインの味に違いが生じると言われています。
 
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また、その年(ヴィンテージ)のブドウの出来具合によっても、ワインの味は大きく左右されます。
 
私には、ブドウの出来のそれほど良くない年の方が好ましく感じられたので、恐れながらもその事を
率直に言うと、ニヤッと微笑みを浮かべながら、それぞれの年の味の必然性について説明して下さいました。
収穫にベストな時期を見極め、そのブドウのポテンシャル(可能性)を最大に引き出す、
結果、年によって個性の異なるワインができる、というお話でした。
ブドウの出来の良し悪しは、ワインの良し悪しにそのままつながらないということなんですね。
わかりました、ムッシュ。
 
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ワインは工業製品一般とは異なり、生産ラインをフル稼働させたからといって生産量を急に増やすことができません。
畑で栽培されるブドウが原料ですから、土地からの影響を大きく受けます。
また、どこの畑のブドウを使ったのか、ということが重要な意味を持っていて、同じ品種のブドウを
使っても、特定の区画から作ったものが他よりも数倍高い価値を持つことも珍しくありません。
このワイナリーでは「環境をデザインする」するパーマカルチャーpermacultureの理念に根ざしたワイン生産を行っており、そうした環境への配慮についてのお話も興味深く拝聴しました。
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
7月14日。
フランスの祝祭日のうちで、最も重要な日をあげるとすれば、おそらくこの日になるでしょう。
1789年7月14日、パリの民衆がバスティーユ牢獄を襲撃したことがフランス革命の発端となりました。
その後、さまざまな経緯はありましたが、この革命は、後の共和制樹立の発端となりました。
 
現在では7月14日はフランス共和国の成立を祝う日になっており、各地で様々なイベントが催されます。
その中でも、とりわけ大きな行事は、パリのシャンゼリゼ大通りで行われるパレードです。
 
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パレードの主な内容は、こうした軍事パレードですが、中でもとりわけ人気のあるのが消防士です。
この日の夜には、パリの消防署のいたるところで、一般の人も参加できる消防士さんとの
ダンス・パーティーがあります。
 
今年のパレードには、トランプ米大統がゲストで参加し、これがメディアの取り上げるところとなりました。
 
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また、この日からちょうど1年前には、南仏ニースでトラックを使ったテロ事件があり、
そのことを一面に取り上げる新聞もありました。
 
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エッフェル塔では花火が上がります。
自宅近くの見晴らしの良い通りに出て見ようとしたら、すでに多くの観衆が詰めかけていました。
 
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ここは私の住んでいる自宅からすぐ近くで、実はエッフェル塔からはかなり距離があるのですが、
それでもこの混みようです。
あらかじめ配備された警備員の姿も多くありました。
 
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この時期のフランスは、日が暮れて暗くなるのが夜10時過ぎです。
花火は夜11時頃から始まり30分程度続きました。
パリは東京に続く2024年オリンピックの招致活動を行っていて、
ここからはよくわからなかったのですが、そのことをモチーフにした花火もあったようです。
では、また近々。
鈴木隆芳
経済学部 経済学科

クイズ! 次の短歌Aと短歌Bでは、どちらが良い歌でしょうか?


A 空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋はそういう状態
B 空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋は散らかっている
(穂村弘さんの『はじめての短歌』を参照しています。)

 

鈴木です さりゅー

文章の書き方を指導をされたことってあるでしょ。
そんな時、先生に「もっと簡潔に」とか「もっとわかりやすく」とか言われませんでしたか。
たしかに、そうした簡潔で平明、かつビジネスライクな作文が求められる場面は少なくありません。
連絡のメールもしかり、集合の場所や時間などの用件が正確に伝われば事足りる。
休講の掲示もそうだね。何曜日何限が休講ってわかれば、ラッキーってなるし?!

でもね、そうではない世界があるんです。わかりやすくちゃだめな世界が。

 

冒頭の短歌のクイズ、正解はAです。Aの方が良い短歌。
Aの短歌「そういう状態」と言われるといろいろ想像が広がるけど、一方で、

Bの短歌「散らかっている」にはそんな余地がない。

「散らかっている」と言われれば「ああそうですか」と納得して終わり。

このAの短歌を作った平岡あみさんは当時中学生くらいだったそうです。

たしかに、「そういう状態」ってどんな状態なのかすごく気になりませんか?
なにかただならぬことが起こっている感じ。

 

でも、これって、ビジネス文書や実用書のお手本にかなり逆らってますよね。

一番肝心なところが「そういう状態」、つまりXのままなんだから。

詩歌の価値が、モノの交換を扱う経済の価値と異なるのはこの点です。

経済上のコミュニケーションの利点は、なんと言っても、

価値が貨幣というグローバルな交換価値に還元されること。

要するにHow much is this?というコミュニケーションのスタイルで、

国境を超えてだれとでも通じ合える。

どんな得体の知れないものでも、その値段がわかるとちょっとほっとするでしょ。

その一方で、私たちはこうしたグローバルな価値の世界とは別の

もうひとつの価値の世界にも属しています。

その世界とは、交換可能な価値に還元できない価値の世界。
唯一無二の価値の世界。

 

会社では課長の代理は必要。課長は同じ内容の仕事ができる人がいれば代わってもらえる。

でも、その人が帰宅してお父さんになると、お父さんに代わりはいない。
それに、お父さん代理がいつも控えている家庭なんて困るでしょ。
同じ人物が、ある時は課長で、ある時は父親というように二重の生を生きている。

 

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「ぼくにとって、きみはこの世界でたったひとりの男の子になるよ。
きみにはぼくが世界でたった一匹のキツネになるんだね。」
(サン=テグジュペリ『星の王子さま』より)

 

交換できる世界と交換できない世界、というように二重の世界が交錯している。

労働・生産・消費などは前者の交換できる価値をやり取りする世界。
交換できるからこそ価値が生まれる世界。こちらも生きていくのには不可欠。

 

その一方で、詩歌は交換できない価値を扱う世界。
他のもので置き換えることのできない唯一無二の意味や価値を重んじる世界。
その証拠として「××は○○を意味しています!」などと明言せずに、

肝心なことをXにしたまま読み手に差し出した方が良い歌になります。

ためしに下の二首でどこがそのXに相当するかわかりますか?

 

たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき     近藤芳美
貪欲な兎をゲージに飼っておくそういう罪を毎日犯す     鈴木晴香

 

恋人の姿が霧に隠れた時、ふと聞こえてきた「或(あ)る楽章」って、

いったいどんなメロディーなの? それってだれのなんていう曲?

 

「貪欲な兎(うさぎ)」っていうけど、それってどんな兎?
その兎をおりに閉じ込めて飼うことって、いけないことなの? 
もしかしたら逮捕されちゃう?

 

とか、具体的にはわからないまま。

でも、そこがいいんです。いろいろ想像できちゃうし。
それに、この場合の想像って、でたらめな妄想とはちがって、ある程度は共有したり共感できる要素がありませんか? 
「あーあのことじゃないかな」と思い当たる。

こうした詩歌の価値について歌人の穂村弘さんが書いた本、『はじめての短歌』。

 

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鈴木ゼミの教科書の一冊。
短歌の入門書という形をとっていますが、あまりそんな感じはしません。
むしろコミュニケーションに悩んでいる人におすすめします。

コミュニケーション用の「伝わる言葉」と、詩歌の「印象に残る言葉」、

この二つの言葉の世界ってどうなっているの?ということがわかります。
ここぞという時に人に差をつけたい時のマニュアルです。意外なほど用途は広いね。
本書の書評を書きました。以下からダウンロードできます。こちらも是非。


鈴木隆芳書評、穂村弘『はじめての短歌』in「大阪経大論集」第68巻1号

鈴木隆芳
経済学部 経済学科
さりゅー 鈴木です。
私の住んでいるパリ14区。
いわゆるおしゃれなパリからは少し離れた庶民的な地区です。
 
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写真に撮るとそれなりに絵になるけど、普通のパリの町並みです。
それでも、あえて特徴をあげるとすれば、小売店から成る商店街が元気なことです。
 
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肉屋
フォアグラも日本に比べられたら驚くほど安い。
ソテーしてパンに挟んで豪快に食すもよし。
パテをアテにグラスを傾けるもよし。
 
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果物屋
なぜここにアスパラガス?! ややカオスな陳列ですが商品は充実しています。
スイカはフランス語でパステック!
勢い良く切るとそんな音が聞こえそうです。
 
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チーズ屋
本日のおすすめが看板に書かれています。
4品目の中にはイタリアやギリシアのチーズもあります。
こうしたチーズ屋では量り売りが基本です。
「少しでいいから」って言うのに、いつも大きく切ってくれちゃいます。
 
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行列のできるパン屋さん。
行列の理由は、パンが美味しいからと、お会計の作業がスローだから。
バゲット(フランスパンね)が1ユーロ(約124円)。
 
そして、こうした商店街の中にスーパーマーケットもあります。
 
 
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モノプリという大手チェーンのスーパー。
スーパーですから、もちろんここには肉も果物もチーズもパンも売っています。
それでも小売店にはお客が絶えません。
 
この界隈がことさら特別というわけではなく、こうした商店街がパリには多くあります。
場所によっては、マルシェ(市場)が出たり。
 
大手資本のスーパーと小売店が共存できているのには、さまざまな事情があるのでしょうが、
まあ、これもパリの魅力のひとつです。
 
あろー あびあんとー
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
ぼじゅ
鈴木です。
フランスでは5月1日にスズランmuguetを贈る習慣があり、町のあちこちでスズランを売る人を見かけます。
 
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5月1日はまたメーデーでもあり、労働者が自らの権利を訴え、連帯を呼びかける日です。
 
それと前後して、フランスでは4月23日に大統領選挙の第1回投票が行われ、
マクロン氏とルペン氏が5月7日の決選投票に進むことになりました。
そして5月8日には両氏による決戦投票が行われ、マクロン氏が大統領に選出されました。
得票率は第1回投票ではマクロン氏23.75%、2位ルペン氏21.53%、
第2回投票ではマクロン氏66.08%、ルペン氏が33.94%。
 
予想どおりマクロン氏が勝ったとはいえ、極右政党である国民戦線のルペン氏が、
なぜ他にも有力な候補がいる中でこれだけの票を得たのかは少し考えてみる必要がありそうです。
 
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「ユーロは死んだ」顔写真横の発言
 
この新聞を読む限り、ルペン氏の経済政策上の主張はユーロからの離脱ではなく、
欧州中央銀行に対してのフランス政府の権限の拡大にあるようです。
氏が敵対視しているのは猛寧なグローバリゼーションmondialisation sauvageなのです。
 
昨年6月に英国ではユーロからの離脱Brexitが可決されました。
また、米国では移民に対してトランプ大統領が否定的な発言を繰り返してきました。
 
グローバリゼーションを下支えしてきたのは、国境を超えた通貨や労働力の流動性ですが、
今、こうした流れに変化が起きています。
 
1980年代のサッチャー政権やレーガン政権が推奨した自由主義経済は、
市場原理を優先する一方で、社会保障費を削減してきました。
税金を安くして、医療費や保健などの分野で個人の裁量の域を拡大したのですね。
そこで実現したのが「小さな政府」。
法人税も安くなるので、企業活動にとっては都合の良い事態です。
法人税の安い国の企業と、法人税の高い国の企業が競合した場合、当然前者が有利ですから。
したがって、政府は自国の企業の国際競争力を高めるために「減税競争」をするはめになりました。
税率が下がれば、貧富の格差の拡大が生じます。
税金で持っていかれる額が少ないほど、手もとに多くのお金が残りますね。
格差じたいが良いのか悪いかは判断の分かれることですが、国への税収が減ることで
社会保障などの再分配に回る予算も減るとすれば、下位の階層に属する人にとっては、
よりシビアな社会になります。
富むものだけが質の良い教育や充実した医療を享受できる社会。
 
『21世紀の資本』の著者トマ・ピケティはこうした事態を危惧しつつ、
富裕層の資本の実態を明らかにすることで、課税による再分配を促すべきだと主張しています。
 
また人口学者エマニュエル・トッドは、英国のEU離脱、フランスでの国民戦線の支持拡大、
米国のトランプ政権は、国家(ネイション)が役割を回復しようとする中で起きた
一連の動きであると言っています。
トランプの大統領のかつての対立陣営のバーニー・サンダースが主張していたことも、
表面上は対立しているかのように見えて、実際は社会保障という国家機能の回復であると。
こうした動きは、グローバリゼーションに傾倒しすぎた社会に対しての反発であると言えそうです。
 
グローバリゼーションが目指す市場経済と、国家が担う再分配は
バランスを取りながら社会を形成してきたことは確かです。
その一方だけに過度に傾倒すとどんな困った問題が生じるかについても様々な教訓があります。
 
したがって、各所に見られるグローバリゼーションに待ったをかける動きを
反時代的なものや退行的なものと一概に決めつけるのは早計なようです。
 
こうしたテーマを扱った
エマニュエル・トッド『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論』堀茂樹訳(2016年)
の書評を書きました。
無料で何度でもダウンロードできます。よかったら読んで下さい。
 
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
ぼじゅー
鈴木です。
フランス中部ロワール河流域のトゥールTours市から電車で1時間弱、シノンChinonの町を訪れました。
 
ここシノンには、かつて英仏百年戦争の頃、ジャンヌ・ダルクが後のフランス王になる
王太子シャルル7世に謁見したエピソードで有名なシノン城があります。
城とはいっても、どちらかというと砦や要塞に近い外観で、観光ガイドにも
「要塞」forteresseと表記がありました。
 
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歴史を感じますね。
古城感が本気です。
 
このお城の前に、もうひとつシャトー(≒城)を訪れたのですが、
こちらはシャトー・ド・ラ・グリーユChâteau de la Grilleというブドウ畑を所有するシャトー。
 
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こちらではブドウ畑と醸造設備を見せてもらいました。
畑を歩きながら生産者のカトリーヌさんから説明をうかがいます。
この日は他に訪問者もなく私たちだけのためのレクチャーです。
 
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太い台木から細い枝が1本出ているのがわかりますか?
もう芽が出ていますね。
 
それにしても、なんでこんな慎ましい感じの枝なのかと思いませんか。
もっとたくさん枝を生やした方が収穫量も上がるのに、って。
 
栽培や醸造方法については細かい規定があって、ここでも政令によって
枝1本あたりの芽の数の上限が決まっています。
ブドウは剪定(せんてい)を施して、生育を管理すると実の質が良くなるからなんですね。
 
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ブドウの病害虫の説明。
ブドウにはさまざまな病害虫があって、それらとの戦いにも長い歴史があります。
 
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地下の醸造所での醸造方法についての説明。
政令によって義務づけられていることと、生産者の裁量に任されていることの区分や、
ステンレスタンクと木樽の使用比率など実践的なお話をうかがいました。
 
いろいろと質問しながらお話をうかがっていたところ
「ワインの仕事をしていますか?」とたずねられました。
「光栄です、マダム」
 
最後はカトリーヌさんも一緒に試飲です。
試飲は実際に飲むわけではなく、色、香り、味をチェックした後、吐器に吐きます。
 
醸造方法による出来のちがいが問われます。
それを生産者の目の前で述べるわけですから、なかなか緊張します。
8種をその場で開けてくれました。
実は、私、(一社)日本ソムリエ協会ワイン・エキスパートの資格を持っていまして、
試飲には多少の心得があるのですが、それでも、これほど緊張する試飲はめったにありません。
 
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ここロワール地方では20%前後が輸出されるとあって、シャンパーニュ、ボルドー、
ブルゴーニュといった名だたる銘醸地(めいじょうち)に比べると
国内で消費される比率が多いと言えるでしょう。
とはいえ、おおむねフランスのワインは、早い時期から世界商品として
グローバリゼーションの競合に曝されてきました。
オランダやイギリスといった、その時々で勢力を誇った国を主な輸出国にすることで、
フランスの経済に貢献してきました。
覇権国家とワインの経済史を調べてみるのも面白そうです。
 
フランスワインが高い商品価値を誇るのは、産地ごとの個性を重んじる
政府の方針があるからだと言えるでしょう。
こうした土地が持つ特性を総称してフランス語ではテロワールterroirという語彙で言い表します。
一方で、アメリカやオーストラリアなどの新興国は、主にブドウの品種特性と
近代的な醸造方法や設備でフランスに対抗しました。
現在ではこうした双方の強みをお互いが共有するようになっていますが、
かつて、この二つが対決したことがあります。
「どっちが本当は美味しいのか?」ってなったんですね。
 
フランスワインVSカリフォルニアワイン
アメリカ建国200年を記念して、1976年に対決が実現しました。
さあ結果はいかに......!?
映画にもなっていてDVDがあります。
『ボトル・ドリーム カリフォルニアワインの奇跡』
ネタバレなタイトルで残念!!(笑)
 
父と子の確執と和解、ヒロインとのけんかと仲直り、挫折からの成功など、
映画っぽい脚色が施されていますが、それでも「頑張れー」と応援したい気持ちになります。
こちらは、前回『ラマン/愛人』とちがって、だれと観ても安心。
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
鈴木です。
 
私の住んでいるパリ14区には、モンパルナス墓地という広い墓地があります。
 
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ここモンパルナス墓地には、多くの著名人が埋葬されていて、案内所にはその場所が記された
お墓マップなるものが置かれています。
 
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手前M.D.というイニシャル、こちらは作家や映画監督でもあるマルグリット・デュラス(1914-1996)。
本名もイニシャルにするとDになるようです。
どっちかな?
作家であった彼女には、多くのペンが供えられています。
映画化された『愛人/ラマン』は日本でも話題になりました。
ちゃんとした映画ですが、見るときは一人で見たほうがいいかなー
 
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こちらはセルジュ・ゲンズブール(1928-1991)。
キャベツやメトロのチケット、これらも彼の作品とゆかりがあります。
 
私のやっている「フランス語圏文化論」という授業では、フランスのポップ・ミュージックを
扱うコーナーがあるのですが、そこで私は彼の歌を歌ったことがあります。
ゲンズブールさんは声が低いので、私でも無理なく歌えます。
 
そして、今回はじめて気付いたのが、こちら
 
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ジャンポール・サルトルとシモーヌ・ド・ボーヴォワールのお墓。
墓石のところどころに「赤い何か」が見えませんか?
アップにしてみましょう。
 
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わかりました?
 
・・・・・・キス・マークですね!!
 
実存主義哲学者のサルトルと、『第二の性』のボーヴォワールは、正式な結婚こそしなかったものの、
生涯を通じて二人は寄り添いました。
そんなラブリーなエピソードが偲ばれます。
 
ところで、こうしてお墓を訪ね歩いていると、なにか故人が語りかけてくるような気がしてきます。
「さあ、君はどう生きるの?」ってね。
 
さてさて・・・・・・
 
「まだまだこちらに未練があるので、もうしばらくそちらでお待ち下さい。」
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
鈴木です。
 
この棺が作られた当時の社会の様子を想像してみましょう。
 
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(ルーブル美術館にて鈴木撮影)
饗宴の場面、妻と見られる女性は、同様の姿勢で夫に優しく肩を抱かれて表現されています。
寄り添う二人がクッションにしている革袋、これには葡萄酒が入っていました。
きっと二人で分かち合ったのでしょう。
 
夫婦の生をしめくくるにあたって、こうした棺が作られる。
この社会に生きる女性は、地位も高く、きっと大切にされたのでしょう。
この夫婦棺は現在のイタリア半島中部にあたる場所にあった古代エトルリアのものです。
(作品の説明についてはルーヴル美術館のサイトを参照しました。)
 
ところで、だれにでも、たいした根拠もなく「きっとこうだ!」と思い込んでいることがありますよね。
 
あるでしょ。
 
そのひとつが核家族。
昔はおじいちゃん、おばあちゃんも一緒の大家族だったけれども、
今はパパ・ママ・子供だけの核家族が増えましたね、というように。
 
こうした思い込みはなかなか根が深く、西洋発の学問、私の思い当たるところでは経済学や
精神分析学もそうなのですが、昔は大家族で、それが近代になるにつれて核家族へ移行する、
というイメージを抱いていまいた。
 
ところで、なぜ、核家族は近代性と結びついてきたのでしょうか。
 
それは西洋の歴史に原因があります。
かつて18世紀後半に産業革命が起こった頃のイングランドでは核家族が主流でした。
それで核家族こそ、この産業革命をもたらした要因のひとつ、
つまりは時代の先端を行くもの、と思われてきました。
 
そこにとんでもない説が飛び込んできたのが、つい最近。
エマニュエル・トッド氏の家族形態の変遷をめぐる研究。
トッド氏は、1951年生まれ、フランスの歴史人口学者です。
私も取材のお手伝いでパリのご自宅を訪問したり、氏のインタヴューを翻訳したことがあります。
 
彼の説明はこうです。
。。。。。。。。。。。。
 
昔々、ユーラシア全域は核家族に覆われていた。
この頃の核家族は、より大きな住民集団に属してはいても、一定の自主性を維持していて、
父と母と子から成る家族である。
この家族の特徴は、男女の労働の質は異なってはいたものの、
女性の地位がおおむね高かったということ。
 
ところが、ある時、このユーラシアの中心部で、直系家族という新たな家族システムが生じる。
これは一子による遺産の相続を特徴としており、父親の権威が強い家族形態を成す。
祖父母、その長男、その妻、子供からなる家族であり、戦前の日本などのイメージなどが近い。
そして、この直系家族が、やがて周縁部へ向けて伝播する。直系家族は核家族に比べると、
団結力と継承力に勝ることから、戦争や教育では、たとえ一時ではあっても、
核家族を凌駕するケースが多かった。
 
その後、さらにユーラシア中心では、共同体家族という新たな家族システムが生じる。
男兄弟と、そこに嫁いできた妻と子らが集まって暮らす大家族である。
これは現在のイスラム圏や中国の農村部に多く見られ。
この共同体家族も周縁にむけて伝播してゆく。
共同体家族は、さらに大きな家族集団であり、周辺にむけての影響力はより強かったからだ。
 
こうして、三つのタイプの家族、サイズとしては、大きい順に、共同体家族>直系家族>核家族、
これらが同心円状にユーラシア中心から周縁に向けて分布することになった。
 
つまり、後からできた大きい家族ほど、新しいものであって、一番小さい核家族は
最も古い家族形態となる。
 
一方、イギリスやフランスは、ユーラシア大陸の西の果てにあり、
したがって、両国ともこうした家族システムの伝播に曝される度合が少なかった。
家族システムの変化は、住人にとっては戦争状態や社会的混乱として表れ、
技術的な進歩や発展を抑止する。
そうした影響を最小限にとどめられたがゆえに当時のイングランドは
いち早く産業革命を成し遂げることができた。
。。。。。。。。。。。。
 
なるほど、要するに、イギリスは、ユーラシアの中心地から遠くにいたから、
あまり悩まなくって済んだってことね。
 
私のゼミでは、少子化や識字率の問題を考えるにあたって、
折に触れてトッド氏の著書を取り上げてきましたが、
この家族システムの変遷についても考えてみたいと思っています。
家族のつながり、父親の権威、女性の社会的地位、子の自立などについて、
私たちがなんとなくこうだと思い込んできたことが、実は、まちがっていたのではないか、
と気付かせてくれます。
 
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エマニュエル・トッド『家族システムの起源 I ユーラシア 上・下』石崎晴己訳、藤原書店、2016年。
多くの専門家を驚愕させた本ですが、難しくはありません。
だって家族の話しなんですから、だれにも思い当たることがあります。
 
白水社の月刊誌『ふらんす』2017年4月号(3月22日発売)に、本書の書評を書きました。
900頁を超える本の内容をわずか1000文字で紹介。
ピケティの時も大変だったけど、今回もなかなか手強かったなー。
鈴木隆芳
経済学部 経済学科
ぼじゅー 
鈴木です。
 
昨年9月からフランスのパリに来ています。
社会科学高等研究院(EHESS)という機関で研究をしています。
 
先日、パリで開催された国際農業見本市に行ってきました。
開催期間は2017年2月25日から3月5日。
 
フランスは食料自給率が100%を超える国だけあって農業が盛んです。
実際、スーパーや八百屋で買う野菜も日本に比べるとずいぶん安いようです。
 
さて、この農業見本市、フランス全土から特産物が集まるだけあって、大変な盛況ぶりです。
会場も広くて、なんでも東京ドームおよそ3倍なのだとか。
 
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子供連れの来場者も多くいます。
お目当てはこちら。
 
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馬術のプレゼンテーションもやっています。
 
そして広告ポスターにも採用されていたのが、こちらのアイドル。
 
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フィーヌちゃん ブルターニュ出身の6歳の女の子。
今年のクイーンです。
 
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額の白毛がチャームポイント
 
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一緒に記念撮影
 
私にとって印象深かったのは、フランスの海外県のブースでした。
フランスにはカリブ海の他、ヨーロッパの外にも県があって、これを海外県といいます。
 
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こんな感じで雰囲気も南国ですね。写真はタヒチ。
 
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ラム酒のブースに群がるメッシュ(ムッシュの大勢)
 
こちらの農業見本見本市、フランスにとってはかなり重要な催しであるためか、
テレビ局の取材や閣僚の訪問が相次ぎます。
政治家のフランソワ・フィヨン氏が、予定していた訪問を急遽取りやめたため、
釈明をするはめになったりとか、なかなか熱いイベントなんです。
 
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会場内で討論番組の撮影もしていました。
 
以上、フランス農業見本市レポートでした。
 
次回(次回じゃないかもしれないけど)は、ブドウの話を予定しています。
ブドウっていっても食べる方ではなく、飲む方のブドウね♪
では、あびあんとー
鈴木隆芳
経済学部 経済学科


ぼじゅー

鈴木隆芳(すずきたかよし)です.

さて,フランス語,

L'homme est un animal.

をどう訳しましょうか?

単語ごとに見ていくと

L'homme(ロム)は,「人」「男性」.

est(エ)は英語のbe動詞で,A=BABだぜ!)

という時の「=」.

un animal(アン アニマル)は「動物」.

だとすれば,訳は,

「人間は動物だぜ!」ということになりそうですが,

でも,これじゃつまらないんです.

この文が何を言おうとしているのか,いまひとつ

わからない。

hommeには,英語のmanと同じように「男」(オト

コ)という意味もあるし,animalも,単なる動物では

なくて,もっとケモノ的な感じもあるから,こんな訳

もありえます.

「オトコって,獣(けだもの)ねっ!」(by 女子一般)

うん.ありえるありえる.

さらに,このケダモノに相当するような日本語ないかなー

と考えれば,

「オトコはオオカミなのよ」(by ピンクレディー)

と,往年の流行歌の歌い出しになります.

さて,話題かわりまして,

ブラック企業とよく言われる昨今.

ブラック企業って,どんな会社かと言えば,皆さんもご存知

の通り,長時間働かせて,残業代なしで,ノルマがきつくて,

みたいなイメージだと思うのですが,こういう状態を,経済

学の文脈では,搾取(さくしゅ)という語彙で表現してきま

した.つまり,ブラック企業とは,労働者を搾取する企業で

ある,ということね.

搾取された労働者は,大酒をくらったり,妻にぐちったり,

ギャンブルにのめりこんだり,さらにひどくなると,心身と

もに深刻なダメージを負います.

これはこれで深刻な問題なのですが,

でも,搾取されるのは,人だけではないはずです.

というのも,長時間働くってことは,それだけ(余分に)モノ

を作るってことだから,そのための資材や原料も,それだけ

(余分に)使われることになります.

原料にもいろいろありますが,どれも最終的には自然に由来す

るものだから,搾取の連鎖は,地球的な環境にも悪影響を及ぼ

します.

そこでは動物も例外ではありません.

そうした連鎖は、家畜として消費される動物だけではなく,ペッ

トのような愛玩動物までもを過剰な欲望の対象にするのです。

ですから,動物について考えることは,社会や経済について考え

ることなのです.

さて本題.

922日に,本学で「犬と猫と人間と」(飯田基晴監督)の上映会

があります.わたしたちの社会のあり方と,動物の問題を扱った映

像作品です.本村光江先生のゼミでは,アニマルウェルフェアの研

究しているのですが,そうした活動の一環として,ゼミ生が中心に

なって行う企画です.是非,お越し下さい.私も行きます.

日時:922日(月)

受付開始:14:30より

上映:15:00-1700

トークセッション:17:15-18:45(杉本彩氏(あの杉本彩さんです)と細川敦史氏)

定員:映画150名、トークセッション(400名)申込不要・先着順

(状況によりご入場頂けない場合があります.)

会場:大阪経済大学大隅キャンパスD館1階 D10教室

料金:無料

問合せ:本村ゼミ 大阪経済大学地域活性化支援センター 06(6328)2431(代)

注:冒頭のエピソードは、加賀野井秀一『オール リーブル』(朝日出版)に着想を得ています。


鈴木隆芳
経済学部 経済学科

 

ぼじゅー

鈴木隆芳(すずきたかよし)です。

 

712日(土)にグランフロント大阪紀伊國屋書店にて公開ゼミをしました。

 

その模様をお送りします。

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グランフロント大阪南館6階の紀伊國屋書店!

フロアーも広く、ゆったりとした空間、スターバックスも入っていて、従来の

本屋さんのイメージとはちがいます。その一角にあるイベントスペース。

そこに一般の来場者をお招きしての公開ゼミです。

 

手前にある円テーブルの上には、ゼミで使用している教科書と関連書籍が並ん

でいます。お手にとってご覧下さい。以下に書籍のリストがあります。

http://www.kinokuniya.co.jp/c/store/Grand-Front-Osaka-Store/20140703175050.html

今回のテーマは、「グローバル化してはいけないもの」です。

ご時世にちょっとだけ逆らって、グローバル化がもたらす弊害について考えてみ

ましょう。

 

はじめのグループの題目は、

「授かるものと買うもの―———交換様式からみた教育」

鈴木ゼミお馴染み(?)の3種の交換様式(互酬・再分配・商品取引)を概説した後、

教育が商品取引されるとどんな困ったことになるかを分析します。

 

ゼミで教科書として使用している柄谷行人氏の『世界共和国へ』で示される交換様式

の考え方を応用しつつ考察を進めます。

 

教育の動機付けでは、金銭的な報酬が功を奏さないことが多くあります。

 

「学び」とは「買うもの」(商品取引)ではなく「授かるもの」(互酬)だからです。

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次のグループは、「昼の言葉と夜の言葉————コミュニケーションと個性」

 

コミュニケーションでは、わかりやすいことは良いことなのですが、その反面、そう

した表現は印象に残らず、すぐに忘れられてしまうのはなぜでしょう。

 

簡潔性や迅速性などを謳ったグローバル・スタンダードなコミュニケーションが幅を

利かせる中で、人の「個性」はどうなってしまうのか、そんなことを考えます。

 

一方、詩歌や小説などの文学的な言葉は、「わかりにくさ」や不透明性を重んじます。

結果、受け手の解釈も一人ひとりちがったものになります。

完全な正解もないけど、完全な誤解もない世界です。

それぞれのイメージや解釈が、干渉しつつも共鳴するような感じでしょうか。

 

こうした「完全には通じないもの」、すなわち、「グローバルではないもの」もコミュ

ニケーションには必要ではありませんか、というお話です。

こうしたテーマについて考えるために、歌人の穂村弘さんや俵万智さんの著書を参照し

つつ、短歌の表現の秘密に迫ります。

 

 

発表者の中には、文芸誌「ダ・ヴィンチ」で穂村弘さんが選者をつとめる「短歌くださ

い」のコーナーに自作の短歌が掲載された学生もいます。

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最後のグループは、「少子高齢化は暗澹(あんたん)たる未来なのか?」です。

 

これまでの人類の歴史を振り返ると、政治と経済の近代化、デモクラシーの進展は必ず少

子化(受胎調整)を伴ってきました。

だとすれば、少子化を、一概に悪いものとして、考えることはできないはずです。

 

こうした見方は、人類学者エマニュエル・トッド氏の著作から学んだものなのですが、

ちょうどこの時、日仏文化サミットのためトッド氏が来日しました。

せっかくですから、運命的なものを感じることにしましょう。

 

高齢化はどうでしょう。

老化には一般に否定的イメージが付随しますが、しかし、高齢者が示す、ゆったりとした、

こちらが予測できないような反応、つまり、身体反応の遅延と多様化は、実は、単なる身

体的な衰えではなく、より高度に成熟した人間的な反応を示しているのではないか、とい

う問題提起です。

これは、吉本隆明さんの『老いの超え方』や、ベルクソンの『物質と記憶』の一節から着

想を得たものです。

 

一方で、実際の老化では、身体の衰えから不自由や痛みが生じることも事実です。

 

ですから、こうした問題についてゼミ生のような若い世代がアプローチすることの難しさも

実感しました。

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そして、来場者を交えてのディスカッションです。

 

 

「少子化は、それ自体は悪いことではないかもしれませんが、とはいえ、現在の日本のよう

に、出生率の急激な落ち込みは、やはり危惧すべき事態ではありませんか?」という鋭い

ご指摘。

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ゼミ生と私で知恵を絞って考えます。

「おっしゃる通り急激な出生率の低下は看過できない問題です。その対処策について考える

ことも、もちろん大切なことです。ですが、一方で、出生率の史的推移を視野におさめれば、

非現実的な対策の危険性を察知することや、性急な判断による過ちを避けることにつながる

はずです」と、お答えしました。

 

今回は、本屋さんでゼミナールをするという、どうなるかわからない試みでした。

 

取材に来て下さった朝日新聞の記者さんからは、本屋で大学の授業をやることの意義につい

て訊かれました。

 

本屋は、未知の本と偶然に出会える場所です。

「あっ、こんな本あったんだー」と、おもいがけない出逢いがあります。

 

ネット書店のように「あんたはこれが読みたいんだろ!」と、押し付けてくることもありま

せん。

 

おもいがけない出逢いを通して、一見、関係のなく見えるものが、つながること、これは私

たちのゼミがいつも大切にしていることです。

 

そんな、ゼミの理念を体現しているのが、本屋さんです。

 

紀伊國屋のスタッフの方々には、大変にお世話になりました。

おかげさまで貴重な学びの機会を得ることができました。ありがとうございます。

 

入念に準備をしたつもりでしたが、私たちには至らない点も多くありました。

しっかり反省をしつつ、今後の活動に活かしてゆきたいと思っています。

 

今回の公開ゼミの企画を、「面白そうだ」と励まして下さった紀伊國屋の才田さんのおかげで、

このイベントは実現できました。改めてお礼を申し上げます。

 

最後になりましたが、才田さん!

「次回もやりましょう」とおっしゃって下さいましたね。

そのお言葉を信じてこれからも励みます。

また、是非、お願いします!

 

 

鈴木隆芳
経済学部 経済学科

 

ぼじゅ♪

鈴木隆芳(すずきたかよし)です。

 

間際になっての告知、一刻を争う告知、

これすなわち刻知なり。

わおー

 

2014 712(土)15時より、グランフロント

大阪紀伊國屋書店イベントスペースで、公開

鈴木ゼミをします。学生発表3本と来場者を

交えての質疑応答を行います。

 

テーマは、「グローバル化してはいけないもの」です!

時流に抗います!

 

こちらをご覧になると、案内とゼミ生との写真があります。

http://www.kinokuniya.co.jp/c/store/Grand-Front-Osaka-Store/20140703175050.html

 

 

 


以下に学生のグループ発表の要旨をサイトより引用します。

(引用はじめ)

1.授かるものと買うもの交換様式から見た教育

 テレビ、パソコン、冷蔵庫などは、自ら購入しようが、他

人から譲渡されようが、同じように使用することができます。

一方、教育や道徳といったものは、どのように手に入れたか

によって価値が異なってきます。商品取引という考え方がグ

ローバル化する中で、授かるのか、買うのか、すなわち、交

換様式によって質の変わるものについて考察を試みます。

 


 

 

2.昼の言葉と夜の言葉コミュニケーションと個性

 言語はコミュニケーションの道具であると一般には言われま

す。しかし、「わかりやすいこと」をただひたすらに求めると、

「なにも伝わらない」ということが生じます。言語のグローバ

ルな価値と、それを発する人の個性はどのように折り合うので

しょうか。この発表では、詩歌の言葉が放つ不透明性や曖昧さ

が、実は、私たちの社会的な生を支えている、ということを示

したいと思います。


3.少子高齢化は、暗澹たる未来なのか?

 歴史を長期的なスパンで展望すると、少子化・識字率の向上・

デモクラシーの進展は、ほぼ例外なく、歩調を合わせて進展し

ています。もしかしたら、少子化は私たち人類が望んでいたこ

となのかもしれません。ですが、現状では、少子化からイメー

ジされるのは、老齢者の溢れる不活性化した社会でしかありま

せん。少子化と高齢化について、多様な角度から検討を行うこ

とで、この発表が、こうした既成概念について考え直す一助に

なれば良いと願っております。

(引用おわり)

 

七夕パーティで演奏をしました。

恋するフォーチューンクッキーのジャズ風です。

こちらは、もう終わってしまったので、告遅だね。


わおー

七夕1.jpg  七夕2.jpg

七夕3.jpg  七夕4.jpg

鈴木隆芳
経済学部 経済学科

 

 

(披露宴スピーチなう)

 

 

「新郎、新婦が出逢ったのは、大学

テニスサークルで……

(かなり中略)

これからは、お二人が、人生という

ステージでダブルスを組んでいくの

です。(拍手)」

 

ちょっとベタすぎますけど。

ボジュー♪ 鈴木隆芳(すずきたかよし)です。

 

夫婦が出会ったきっかけで、最も多

いのが友人や兄弟姉妹を通じての

出会い(29.7%)なのだそうです。こ

れって、「ねえ、◯○ちゃん、いい人

いるから会ってみない?どう?」って

紹介されるのだから、ちょっとカジュ

アルなお見合いなのかもしれない。

それと同じくらい多いのが職場や仕

事での出会い(29.3%)です。

 

職場や仕事で出会うということは、相

手と同じ環境を共有しているので、も

のの見方や考え方が似てくるはずです。

 

似ているといっても……

「オレ、エビの尻尾、食べない人だから」

「あっ、ワタシも!」

!」

!」

「結婚して下さい!」

「はい、喜んで!」

……のようなことではなく、職業や学

歴など、もっと現実的なことです。

 

いわゆる結婚についての価値観ね。

 

あくまでもイメージだけど、高収入の

仕事というと医師や弁護士。

職場や仕事での出会いが多く、そこ

での価値観に重きを置くとすると、こ

うした高収入の男女どうしで結婚する

可能性も高まるはずです。

 

また、それとちょうど反対のことも言え

ます。

低収入者どうしのカップル。

 

このような結婚が増えれば、結婚は収

入格差を拡大します。

「夫の収入が高ければ妻は働かない」

という例が減ってきているからです。

そこでは、高収入どうしの夫婦、低収入

どうしの夫婦と二極化してしまい、これ

が社会の階層化を招くかもしれないの

です。そして、本当の問題は、こうした

格差は、再生産、つまりは子の世代に

繰り返される、ということなのです。

それは、両親が供する教育の機会や

質が、そのまま後の世代に引き継が

れるということです。

 

「え?それでなにか問題ありますか?」

という意見もありますが、こうした、子供

本人の原因帰することのできないス

タート地点での不平等による社会の階

層化は、やはり困った問題だと思います。

というのも、格差とは、単に収入のちが

いのことではなく、考え方やものの見方

のちがいを意味するからです。

格差が広がったために、異なった階層の

人どうしでは「話しが通じない」というのは、

社会にとって好ましいはずはありません。

 

 

そもそも、結婚できるかどうかについても、

事態はかなり深刻です。

男性の約5人に1人は生涯未婚です。

 

男性の場合、年収300万未満の場合、「恋

人なし」「交際経験なし」が、65.9%にも上り

ます。

 

一方で、300万以上だと、年収と、恋愛や結

婚の間には顕著な関係はありません。

つまり、男性が交際や結婚にいたるための

ボーダーラインは年収300万。

 

そこから単純に解決策を導くとすれば、男

は稼ぐべし、ということになります。

女性の93.9%は、男性の経済力を「重視す

る」ないしは「考慮する」と回答していますし、

ひとまずは、この収入面から考えてみること

にしましょう。

「ひとまずは」ですけど。

 

では、300万のボーダーラインをクリアする

にはどうしたら良いでしょう?

二つの方法があります。

 

1.そういう社会(300万以上稼げる社会)を作る。

 

2.そういう人(300万以上稼げる人)になる。

 

なーんだそんなことか、と思うでしょ、

でも、これが意外と厄介な問題だった

りするのです。

 

まず、1からいきますと、皆が、ある程

度稼げるようになるためには、全体的

な賃金のアップが必要です。

でも、これがなかなか実現しない。最大

の原因は、賃金が上がると人件費が高

くなり、それが商品の価格に反映して売

れなくなり、結果、企業の競争力が落ちる、

と考える経営者が多くいるからです。

「皆さんの要求をのんで、賃金を上げて、

会社が倒産したらどうしてくれますか?」

と、詰め寄られると、気勢をそがれること

でしょう。

 

また、ほとんどの人は、労働者であると

同時に、消費者としても社会に関わります。

この二つの立場が、相反する欲求を生み出

します。安い商品と高い賃金を同時に欲す

るのです。

 

さらに、ほとんどの人にとっては、労働者と

して関わる社会よりも、消費者として関わる

社会の方が、はるかに広いのです。

そこから、徹底して安い商品を求め、それを

るために働く人のことなどお構いなし、と

いう消費者マインド優先の社会ができあが

ります。

しかも、これは消費者としては咎められるこ

のない「正しい」振舞いなのです。

 

安い商品と高い賃金、もしこれが難なく

共存するなら、それは、そうとう恵まれた

社会でしょう。

賃金を上げるために働きかけることの難

しさの原因をたどっていくと、労働者VS

消費者という、分裂し、矛盾した欲求に

行き当たります。

 

100円ハンバーガーと、時給1000円を同

時に実現するのはむずかしいのです。

 

では、次に2の「本人が努力する」は、ど

うかというと。

こちらも、一見、簡単なように見えるけど、

実は、そう一筋縄ではいかない。

 

ここでも、矛盾した欲求に私たちは引き裂

かれます。しかも、これは本人とって、さら

に自覚しにくい。「結婚を望みながら結婚

を望まない」ということを私たちは知らず

知らずのうちにしている可能性があります。

 

次回はそんな話しを。

 

今回の参考図書:橘木俊詔・迫田さやか著

『夫婦格差社会――二極化する結婚の

かたち』中公新書、2012年。

本文中での数値等は本書を参照しました。

結婚に焦点を絞り、経済学の観点から論じ

ている本です。シビアな現状分析と、ハート

フルな激励に著者の誠意を感じます。きっと、

そこに読者は惹かれるのだと思います。結

婚したい人は読んでね。あと、著者の橘木

先生、迫田さんのお二人ともフランスがお好き

だと聞き及んでおります。トレ・ビアン!です。

 

ついでですが、

『夫婦格差社会』については、私が書いた

書評があります。

いつでも、だれでも、何度でも、無料でダウ

ンロードできます。

http://www.osaka-ue.ac.jp/keidaigakkai/journal/64_1/

画面の中程、書評の欄をクリックするとご覧になれます。

 

 

鈴木隆芳
経済学部 経済学科

 

 

ボジュ♪

 

 

 

鈴木隆芳(すずきたかよし)です。

 

 

えー?鈴木くん? 

いい人だと思うけど、結婚となるとねー、

ちょっとねー

だって、鈴木くんてさー……(以下、自粛)

 

「良い人ね」とか「好き」とかまでは言え

ても、じゃあ、その人と結婚できますか?

となると話は別です。

 

そうなんです。結婚する時って、だれもが

エゴイストなんです。

「だれも傷つけたくないの♪」なんて悠長

なことは言ってられません。

 

えっ、でも、お見合いはどうなの?

と言うかもしれないけど、お見合いだって、

お膳立てする人のそれはそれは厳しいお

めがねにかなったうえで、「ステキな人が

いるわよ」となるので、やはり裏では厳し

い審査が行われているはずです。

 

つまり、「だれと結婚するか」という選択で

は、人の本性があらわれるのです。

 

さて、ここからが本題。

結婚が社会の実態を暴く、という話し。

 

1868年以来、合衆国憲法は、法の下での

平等を定めてきました。

ですから、アメリカには人種差別は、あっ

てはならないことになっています。

しかし、です。

フランスの人口学者エマニュエル・トッドは、

結婚の実態に注目することで、「あっては

ならないこと」がいまだ存在することを明ら

かにしました。

 

アメリカで、黒人女性に配偶者がいる場

合、その98%が黒人です。人口における

黒人比率は13.1%(2011年)ですから、こ

の数値はどうみても異常です。

黒人女性にとって、多数派であるはずの

78.1%を占める白人男性と結婚すること

は、極めて難しくなっているのです。

つまり、黒人女性と白人男性の結婚件数

は絶望的なほど少ないことになります。

 

さらに、黒人女性の半数以上が未婚の母

だというのです。

 

合衆国は多人種普遍主義を掲げる国です。

ですが、こうした徹底した人種内での結婚

の実態を見ると、そうした理念がまだまだ

途上にあることがわかります。

 

では、日本の社会はどうか。

 

アメリカの例が、容赦のない現実を叩き付け

たように、結婚の実態を調べることで、日本

にも進行中かつ喫緊の問題があることが見

えてきます。

 

もし、仮にですが、ルックスや性格だけで結

婚相手を選んだとしましよう。相手の収入は

いっさい気にしない、ということで。

 

その場合、二人の結婚後の合計所得額が

いくらになるかは、まあ言ってみれば、運で

す。相手の収入は問わず結婚したのですか

ら。

 

しかも、つい最近までは、「夫の所得が高け

れば妻は働かない」というダグラス・有沢の

第二法則(なんだかすごいネーミング。第一

のほうも気になっちゃう)というがありまして、

結果、結婚は収入格差の是正に一役買って

いました。

 

ところが、です。ここ最近の結婚は事情が異

なるらしい。

 

結婚は、さらに格差を拡大する!

富めるものはさらに富み、窮するものはなお

窮する。

そんな凄惨な現実があるようです。

 

次回は、そうした結婚と格差について。

 

今回の参考図書

エマニュエル・トッド『帝国以後――アメリカ・

システムの崩壊』石崎晴己訳、藤原書店、

2003年。

 

10数年前、パリに留学していた頃、本書訳者

である石崎先生に連れられて、パリにあるトッド

さんの家を訪れたことがあります。あのソビエト

連邦の解体をかつて予言した偉い学者さんで

すから緊張しました。

それはそうと、実は、その日は、トッドさんにとっ

てまさに人生の節目の日だったのです。それが

どんな節目かはここではとても書けません(涙)

あっ、でも、そのうち話しちゃうかも。あと、トッド

さん、机の上が片付けられない人でした……

私と同じだ。

 

 

                     ライブの告知

告知というのは、普通はライブ前にやるものなん

でしょうけど、これは「ライブやりました」という後

だし告知。名付けて、告遅!わおー

留学生新歓パーティーにてPerfume

Baby Cruising Loveをゼミ生とともに演奏しました。

地中海風アレンジ?でした。

 

向かって左から、木村圭佑くん(オーボエ!)、

宮地舞さん(歌)、松本香織さん(歌)、

私(DJ とプログラミングとわけのわからない電子

楽器)(写真by竹ちゃん)

201451201.jpg

鈴木隆芳
経済学部 経済学科

 

 

私ではなく、少し前に放送していたテレビドラマのことね。

 

 

 

 

ボジュ! 鈴木隆芳(すずきたかよし)です。サバ?

 

ドラマ「鈴木先生」第7話では、鈴木先生(長谷川博己)が、

異性を選ぶ基準について教えてくれる。

 

例えば、外見or内面のいずれを重視して異性を選ぶべきか?

もし、ここでルックスです!と躊躇なく答えたら、もう大変。

とたんに「ひどい人ね!」と、人間性さえ疑われちゃう……でしょ?

 

さて、鈴木先生の指導やいかに……

 

異性を選ぶ時のさまざまな基準、外見、内面、経済力、学歴など、

どれをよりどころにしても、そこには本来、打算やエゴが含まれていて、

内面を重視していると言う人にも「やさしくされたい」「裏切られたくない」

という自分かわいさゆえの保身があるのではないか。

 

いけないのは、自らの基準だけを正しいものとして、他の価値観を断罪すること。

異性選びでは、だれもが利己的な打算を捨てられないのだから、

だったら、ルックス重視の人のことを悪くは言えないはず。

どんな価値観も「許されている」に過ぎない、ってことを忘れないで欲しい、

というもの。

 

うーん。なるほどね。

価値観っていうのは、自信をもって振りかざすものではなく、

許されているがゆえの罪悪感を伴うものなのか。

 

だからかどうかわからないけど、

「私のどこが好きなの?」って訊かれると困りませんか?

この質問に答えようとすると、相手のことをいろいろな角度から

多角的に見るしかない。

結果、自分の都合で相手を多面体にカットすることになる。

「君のが好き」って言うときには、

「君の〜は好きじゃない」「君の〜は嫌い」

っていう別の面がちらついて、それが意識のどこかでくすぶって、

なにかうしろめたい気持になる、

なんてことはないですか。

 

そろそろ本題。

なぜ結婚しない人や結婚できない人が増えているか?

という喫緊の問題。

2010年のデーターによると、おおよそ男性の5人にひとり、

女性の10 人にひとりは生涯未婚です。

(なぜ、男性の方が結婚できない人が多いのかというと、

モテる男が何度も結婚するためなんだそうです。ひどい……

 

さらに意外なことに、

むしろルックス重視で選んだほうが「まだまし」らしいのです。

(つまりは、結婚件数の減少を抑えられるということ)

 

次回はそんなお話を。

 

つづいちゃうもんねー

 

今回の参考資料:「鈴木先生」完全版DVD-Box, TV Tolyo, 第7話.

驚異の低視聴率ながらギャラクシー賞テレビ部門優秀賞

日本民間放送連盟賞テレビドラマ番組部門最優秀賞、

放送文化基金賞など立派な受賞歴。映画化もされました。

 

 

 

 

鈴木隆芳
経済学部 経済学科

 

 

ボジュ!鈴木隆芳(すずきたかよし)です。

 

前々回はコミュケーションの難敵とどうやってわかりあうか、ということ

について結論に至らないまま放置していましたが、今回はなんとかこれに

活路を見出したいと思っています。

 

ところで、コミュニケーションが難しい相手ってどんな人でしょう?

 

1. 異性(うん、確かにね。実感。)

2. 年長者(リスペクトを込めてあえてこう呼ぼう。)

3. 外国人(言葉ちがうし、文化ちがうし、と言うか、いろいろちがうし)

 

そこで、いきなり結論なのですが、

それは、ずばり「ネコになろう!!」です。

 

にゃん?(ヒト語訳:えっ?)

 

ディベートをしたことはありますか?

あるテーマについてYESNOの立場に分かれて、論を戦わすあれです。

例えば「愛情と友情は両立するか?」とか。

ディベートを有利に進めるためには、主張の根拠となるデーターや証拠

を示しつつ、相手の論拠の弱点を攻めることが肝要ですね。

ですが、ここで言いたいのは、こうしたディベート戦術は、実際のコミュ

ニケーションではうまくいかないこともあるんじゃないか、ということです。

 

aikoさんの歌「愛の病」には、「この出会いであたしのからだが変わって

ゆくものなんだって照れくさくて微笑みました」という一節があります。

これって、ディベートでは絶対ありえない展開なんです。

「あなたのおかげで私は変わったわ。うふ」なんてラブリーな表明をしたら

即敗北です。だって、ディベートでは、自らの立場を堅持して自分は変わらない

まま、相手の考え方だけを変えることが要求されるからです。

実際のところは、相手も相手で「私は私よ!一歩も譲れないわ!」と思っている

んだから、これはもう壮絶なバトルになります。

 

はい。そこで、ネコです。仮装やコスプレって、ちょっとあやしい魅力を感じるでしょ。

その魅力をつきつめていくと、自分が自分とちがうものなることだと思うのです。

これがなぜコミュニケーションのヒントになるかと言うと、自分が今のままでいること

にこだわっているかぎり、相手も同じようにするのではないか、ということが想定され

るからです。

ネコって、人にすり寄りながらも、それでも自分を失わないでしょ。だからイメージ

キャラクターとして良いかと思いまして。

あ、でも、完全にネコになっちゃだめです。まあ、なろうとしてもなれないけど。

ヒト→ちょっとネコ→かなりネコ→ほぼネコ→ネコの中間段階にとどまることです。

 

先のaikoさんの歌にもあるように自分が変わることはちょっと照れくさいんだけど、

相手との白黒はっきりした対立する立場をいったん離れることが大切なのではないか

と思うのです。良い意味でのグレーゾーンね。

 

外国人と話すために外国語を学んだり、年長者と接する時にちゃんとした言葉づかい

をしたりすることも、相手と自分の差異を滑らかにして、なんとかコミュニケーショ

ンを成立させようとしているんじゃないかな。

これって、コミュニケーションについて一般に言われていることと少しちがうと思い

ませんか? 

表現力や聴解力のようなスキルでもないし、相手を納得させるような説得力でもないし。

 

こんな短歌があります。

 

子がわれかわれが子なのかわからぬまで

子を抱き湯に入り子を抱き眠る

                河野裕子(かわのゆうこ)

 

アイデンティティーや個性を追求することにがむしゃらな私たちは、おたがい

が溶け合うほどまで寄り添う母子の姿に虚をつかれます。肌の輪郭を超えて

母と子が通い合うさまを目の当たりにすると、口角泡を飛ばしながら主張される

自己や個性などは、本当のところは、ぎすぎすとやせ細ったものなのかもしれません。

「私は私なの!」と、他人とはちがう色で自分を塗りつぶすことに躍起になって

いるようでは、コミュニケーションも難しいのではないか、と思うのです。

 


今回の参考図書:鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』講談社現代新書。

高校生にも読めるようわかりやすく書かれていますが、なかなか刺激的な

エピソードが盛り込まれています。なんならこっそり読もう。これも私のゼミの教科書。

鈴木隆芳
経済学部 経済学科

ボジュ!

鈴木隆芳(すずきたかよし)です。

お花見には春物ウェアでのぞみたいところですが、軽やかな服装は

油断すると風邪を引きます。耐寒新素材系での内側からの防御が欠かせません。

 

グランフロント大阪紀伊國屋書店で開催されている選書フェア(20143月末まで

開催予定)に解説を書いたので、それを以下に引用します。

 

(引用始まり)

 愛したい。でも、愛されないなら、愛したくない。臆病で、ちょっとずるい

そんな愛はどこから来たのだろう。人はかつて家族や社会との紐帯(ちゅうたい)

の中に生きていた。たまには窮屈だったけれども、そこにはつつましい幸せがあった。

夢や希望の体積はあらかじめ決まっていて、それが膨らみ過ぎたために押しつぶされる

ことなんてなかった。

 

 だけど今はちがう。人はずっとずっと自由になった。どんな未来像をも描けるように

なった。そして、それと引き換えに、ひどく孤独になった。自分で考え行動しなさい、

と放り出され、ばらばらの個人になった。そんな私たちが他人とつながる手っ取り早い

方法は、モノを買って客になることだ。カネを払うからには、もらうものはもらわなけ

れば気が済まない。だから、つい言ってしまう。愛をあげたら、愛をください、と

 

 いや、ちがう!そんなのはほんとうの愛じゃない。それはそうなのかもしれない。

でも、だからって「じゃあ、愛って何よ?」と訊かれたらどうしよう。困りました。

(引用終わり)

 

以下のURLをクリックすると私の推薦した本とプロフィールが紹介されています。是非!

http://www.kinokuniya.co.jp/c/store/Grand-Front-Osaka-Store/20140310130623.html

 

 

鈴木隆芳
経済学部 経済学科

ボジュー。こんにちは。経済学部の鈴木隆芳(すずきたかよし)です。

このブログが皆さんのお目にとまり嬉しく思います。

6月に入り、就職活動中の4年生の中には、

企業から内定(「うちの会社に来てね」という約束みたいなもの)をもらった学生もいます。

 

さて、突然ですがここでクイズです。

そんな企業が学生に求める能力の1位はなんだと思いますか?

 

資格? 成績? 英語? 専門知識?

 

これらも大切なはずだけど、正解はちがいます。ダントツ1位があります。

その能力はここ10年近く連続1位ですから、まさに圧倒的なのですが。

さて、それは……

 

コミュニケーション力です。

 

……うーん、わかるような、わかんないような

 

でも、ところで、コミュニケーション力ってなんでしょう?

 

楽しくお話ができること。人前で発表できること。そんなイメージではありませんか?

そのとおりだとは思うのですが、ただ、それだと人見知りの人や、

引っ込み思案な人ってすごく不利になってしまいますね。

 

でも、本当のコミュニケーション力って、それだけではないと私は思います。

もっといろいろな可能性があるはず、とね。

 

平田オリザ先生が言っていたことですが、今の若年層(皆さんのことですよ!)は、

中高年世代(私のことです(涙))よりも、コミュニケーション能力が実はずっと

高いのだそうです。ファッション・センスにすぐれて、ダンスや歌が上手くて、携帯

メールやSNSを巧みに使いこなして、幅広く自分を表現できる。一方で、おじさんは、

服はダサイし、カラオケじゃ昔の歌しか歌わないし、ダンスは見るも無残、メールも

なんだか意味不明。(ちょっと極端かな)

 

そこで、そんな人たちとは関わりたくないって気持ちはすごくわかるんだけど、

そう簡単にはいかないのが困ったところ。だって、社会の中核にいるのは、

なんだかんだ言っても、そんなわけのわからない中高年の大人だからです。

将来、皆さんにどんなに行きたい会社があっても、その人たちから「いらない」と

言われたらそれでハイ終了!なんです。困ったねー。どうしよー。 

 

えっと、今回はここまでです。対策は次回考えましょう。(「おいっ(怒)話しが

途中じゃないか」というお叱りはごもっとも。でもね、あんまりいっぺんに書いちゃいけないんだってさ。)

 

今回の参考図書:平田オリザ『わかりあえないことからコニュニケーション能力とは何か』講談社現代新書。

「わかりあえないことから」というテンションの低さがラブリーです。

私の授業でも使っています。コミュニケーションって人見知りでもいいんだ、と納得しました。おすすめです。

 

つづく(といいなー)

 

 

鈴木隆芳
経済学部 経済学科
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